自己紹介
私は、元々の身体が強くないこともあり、3歳の頃から喘息を発病したので、西洋医学によるぜんそくの薬とは長く付き合ってきました。
薬を飲んでも又発作が出るの繰り返しで西洋医学の喘息の治療は一向に効き目がないということを、身をもって経験しました。
その時にお医者さんに云われた事によれば、肋骨が細く狭くなっている為、気管が普通の人よりも細くなっているとのことでした。
アレルゲンの反応では全てが最高値に達していましたので、喘息が起こりやすい体質になっているそうでした。
そういったことで健康に非常に関心を持ち、23歳のときに、森下敬一先生のアレルギーやその他あらゆる病気の原因は食事にあるという森下食事療法を指導してくれる所で食事療法と心理療法と整体を学び、徹底して食事療法を3年間実践しました。
食事療法を行うことによって、最初は喘息の症状が悪化する事がありましたが、徐々に喘息の症状がなくなりました。
その後、心の反応でアトピーが出るようになりました。
その体験から、人間の病気には心が支配しているということに気がつきました。
ただ、心が支配しているといっても自分の意識では自由にコントロールできないのです。
意識ではこうしようと思っていても無意識では「無理だ。出来ない。」という考えが浮かんできます。
なぜ無意識が変化できたかといいますと、食事療法で身体に良い状態を繰り返し記憶させたことによって、無意識がそれに反応を示すようになったからです。
そしてアトピーに関しては、食事療法で改善できたというよりも、私の心が「あれをしちゃだめ、これをしなくちゃ」という考えに”自分が囚われていた”という心理状態に気づいたときにアトピーは改善されました。
その後喘息やアトピーが出るようなことは2度と無くなりました。
そのことから人間の無意識は繰り返し、良い習慣を行う事で変化するという体験をつかむ事が出来ました。
筋肉も治療によって繰り返し良い状態を記憶させる事によって筋肉の本来の正常な状態を記憶するようになります。
痛みは生活の中で筋肉が緊張する習慣を繰り返し行ってきた結果です。
健康というのは身体や心にどれだけ良い習慣を与えられるかによると考えます。
《交通事故体験》
丸一日記憶がない意識不明の交通事故をしました。
あれは十九歳の時のことでした。
夕方5時頃、すし屋のアルバイト帰りでした。
350CCのオートバイで家に帰ろうとしたところまでは記憶があるのですが、その後の記憶が全くなくなり気がついたときには次の日の夜でした。
気がついて目を開けると自分がどこにいるのか全く分からない状態で、と同時に脚の鋭い痛みで目が覚めました。
身体を動かそうとしたら全身が痛くてどうしたのだろうと、しばらく考えたのですが、何も思い出すことが出来ません。
ただ自分が病院にいることだけは分かりました。
なぜここにいるのか分からなかったので、同室にいる人に聞いたところ交通事故で病院に入院したとの事です。
足が痛かったので先生を呼んでもらい、見たら左足の親指があまりにもひどい状態でちゃんとついていなかったのでもう一度手術することしました。
先生に聞くとかなりひどい事故らしく肋骨や顎や歯が、45度ぐらい折れ曲がり脚の指は切断寸前だったそうです。
そのときに、身体の痛みのつらさや動けないことのつらさを、身にしみて感じました。
その時一番つらかった治療が歯の治療で、前歯のほとんどの神経がなくなってしまい前歯を戻す治療をしたときに、全ての歯の神経がだめになったわけではないので、
麻酔をしたのですが、激痛で手を押さえられて治療するほどの、苦しみを体験しました。
ただそれほどひどい事故だったのですが、回復は早く、一ヶ月も経たないうちにかなり元気になり、病院にただ寝ていることの方がかなり苦痛になってきたので、身体を動かしたくてしょうがなく、自分で全てなんでもやりたくなったのでお医者さんに無理やり頼んで全て自分でやるので、いままでのような看護は必要ないと断り実際にやってみると、全てのことが自力でやってみるとはじめは大変だったのですが身体を動かしでいるうちに何でもできるようになりました。
自分で何でも出来るので、とにかく動いた方が良くなるという感じがあったので、病院にいるよりも退院をしたほうが治りが早いという直感が働いたのでお医者さんにお願いしてすぐに退院させてもらいました。
とてもひどい事故だったのですが病院でのリハビリは少しした程度で、自分で身体を動かしていたところ退院後もあっという間に通常の生活が出来るようになりました。
このときに身体というのは自分で治るという力があるのだということを実感しました。
事故をした直後の手術では今の医学のありがたさを感じましたが、その後の回復については本人が自分でよくしようという意識が大切だということを実感しました。
その後21年以上経ちますが事故の後遺症的な症状が出るようなことはありませんが、唯一、首だけがつらくなることがあって、整形外科で治療をしていたのですが、全く良くならず、かえって悪くなるので止めることにしました。
この症状は何年も放置していた為に、どんなに有名な先生に治療を受けてもその場は楽になることはあっても又すぐに症状が元に戻ってしまいました。
しかし、自然形体療法の自己療法を行うようになってからは少しずつ首の症状が改善されるようになりました。
慢性的な症状というのは癖がついているために根本的に良くする為には治療によって動かしても痛みが出ない状態にしてから、自己療法をやることによって、新しい筋肉の習慣をつけることがとても大切です。
上のような症状は治療まかせで自分で良くなろうという意識のない人は治りにくいです当院では治療だけでなく根本的な改善を行う為自己療法も指導しています。
《治療家への道》
3歳の頃からの喘息や19歳の頃の交通事故を体験して自分と同じように身体の調子の悪い人のお役に立てればと思い23歳の頃、整体と温熱器を使った物理療法も勉強。
母から始まって、知り合いやその方の紹介できたあらゆる人を治療して、腰痛や肩こりなどを治しとても喜ばれました。
そのような経験から29歳のとき本格的に整体師として人生の道を決め、整体の学校に入学して卒業後、今までの治療経験から整体の講師や副学院長を任されました。
整体の講師や治療院での治療経験を経まして平成10年に整体院を開業しました。
延べ2万人の治療経験により身体の反応をより的確に掴むことが出来るようになり技術力は当然のこととして心と体のつながりを大切にする治療を心がけています。
《山田洋先生(自然形体療法)との出会い》
整体院を開業してからも、副学院長などを経験するなど治療技術はあると自負していましたが、よりもっと多くの患者さんを治せるようになることを望み、自分の治療を向上させることを求めつづけておりました。
その為に、自分よりもすごい先生を探し求め続けていましたが、いままで本などやインターネットでいろんな治療法を探して勉強して治療を受けてきましたが、自分よりも明らかに優れていると感じられる先生にめぐり合えることが出来ませんでした。
世の中には、素晴らしい先生や本当に効果のある治療法に出会えることが困難であると実感しました。
しかし自分よりも優れている先生にようやくめぐり合えることが出来ました。それが自然形体療法でした。
創始者である山田洋先生の治療を受け、自分よりも優れている先生であると感じ、この「治療法を教えて欲しい!」とお願いして、創始者である山田洋先生から現在も直接指導を受けています。
私は現在、自然形体療法を基本として今まで十年以上の治療経験からの知恵を生かし、より一層効果が出る様心がけて治療を行っています。
医療でも科学でも「今のままで良いこれでいい」という事はなく、技術というのは常に進歩し続けています。
創始者である山田洋先生が現在も多くの悩める患者さんの病を治療しています。
山田洋先生が現場の中からの深い智慧によって、変化する病・生活習慣・人間の体に合わせて自然形体療法は現在も常に進化し続けています。
自然形体療法は私が知りうる数多くの治療法の中でも最高の治療法です 。 |